ミッション「日常を耕す」に込められた想いとは?

唐突ですが、われわれカゼトツチは、その活動理念として「日常を耕す」という言葉を掲げています。これをお読みの方々にも浸透しているといいなと思いますが、いかがでしょうか? 実はこれ、二年ほど前に関係者の間で何度もミーティングをし、「ああでもない」「こうでもない」と頭をひねりつつ生み出した言葉なのでした。

で、その後しばらくしてから「これ、英語だとどう言うのだろう?」と考える機会があり、辞書をパラパラと引いていたところ、思わぬ発見があったのです。実際、結構ビックリしたので、いろんな方にシェアしたいと思い、この文章を書くことにしたわけでした。ということで前置きが長くなりましたが、今回はこの「日常を耕す」という言葉について、英語目線をまじえて少し考えてみたいと思います。

まず「耕す」といえば、一般には農業的な文脈、つまり「田畑を耕す」のように用いることが多いですよね。鋤や鍬、あるいはトラクターで田畑の土を掘り返してしていくイメージ。もう少し解釈を広げると、「土地に手を入れることで、実りを得られる状態にする」という意味合いにもとれなくはない。「日常を耕す」は一般には使われない表現ですが、この後者の方でなんとなくニュアンスはわかってもらえるのかなと思っています。

その「耕す」ですが、英語では「cultivate」。こちらも日本語同様にふつうは農業的な文脈、つまり「to cultivate farmlands(=田畑を耕す)」のように用いられます。ところが、この「cultivate」を辞書で引くと、実はもう少し深い意味があることがわかってきます。

英語の「cultivate」には、単に「土地を耕す」という意味の他に「人を耕す」というニュアンスが明らかに含まれるのです。この「人を耕す」というのは、誰か個人(または集団)が「技術や知識を習得」したり「何か新しいスタイルを身につけ」たり「何か新しいイメージをまとう」ようになったりすることを言います。さらには「頼りになる人と、友好的な関係を築く」という意味でも使えるとか。以下に三つほど例文をあげてみます。

 

He’s spent years cultivating a knowledge of art.

(彼は芸術の知識を習得するために何年もの時間をかけた)

Minnesota has long cultivated its cultural image.

(ミネソタ州は長い間、文化的なイメージを培ってきた

Professor Gladwyn would be an acquaintance worth cultivating.

(グラッドウィン教授は、良い関係を築いておく価値のある人だ)

※いずれの例文もロングマン英英辞典より引用(訳文は筆者)

 

つまり「cultivate」には、「耕す」以外にも「習得する」「培う」「良い関係を築く」という意味合いがあり、必ずしも農業や土地に限った単語ではないことがわかります。

ちなみに「文化」を意味する「culture」という単語がありますが(カタカナ表記の「カルチャー」でも通じますね)、これがまた実は「cultivate」から派生した言葉だというのです(ラテン語の「cultus」が語源で、「cultus」は「耕す」の意味)。確かに言われてみれば綴りも似ています。つまり、ある地域の人々が、土地を耕し暮らしを営み、新たな知識や技術を得て、周囲と良い関係を築き、そして独自のイメージを培う、となれば、確かにそれは文化そのもの。

ていうか、これってまさに「日常を耕す」という言葉に込めたカゼトツチのコンセプトそのものなんですけど……。われわれとしては「耕す」という日本語の単語を(本来そういう使い方をしないのに)敢えて使ったわけですが、しかしながら英語の「cultivate」の方には、すでにわれわれが意図したニュアンスが含まれていたと。そう、「耕す」ことは、単に実りを得るだけでなく、自分の世界を広げることでもあるのです。そして、それがひいては新たな文化の創出につながるのです。

ということで、カゼトツチとしては「耕す」をまさに「cultivate」的に解釈しつつ、「日常を耕す」という言葉をこれからどしどし浸透・普及させていきたいところ。ゆくゆくは「〇〇町を耕す」とか「〇〇県を耕す」、果ては「日本を耕す」などとふつうに言われる日が来るかもしれませんね。いやでも、「日本を耕す」だとなんか政治家の選挙公約みたいだな……(当選の暁には土木工事が増えそう)。

とりあえず乱用は控えつつ、何事もこつこつと耕していくしかなさそうですね。

執筆:西森勇記(海外開発コンサルタント、カゼトツチ 理事)